キタムラくん お疲れ様でした。

昨日キタムラくんのお葬式でした。
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彼が21歳の時、体に異変が見つかりました、既に末期の状態でした。
すぐに歩く事も出来なくなり余命3ヶ月と。
それは皮肉にも彼の念願だったリータースーパースポーツを手に入れて
間もない出来事でした。

でも彼はあきらめずに自分の体の中の不良細胞との戦いを選びました。
積極的に抗がん剤を服用しその副作用に耐えて彼は少しずつ
回復していっている様に私には見えました。

事実、歩く事も出来なかったのに1年後にはスクターに何とか乗れる様になり
次には250ccの軽量バイクに乗り、更に3年後には病気前に彼が乗っていた
クラス、リッタースーパースポーツに復帰し、2度のサーキット走行も成し遂げました。
又、チームのレース活動へのサポートでも大活躍してくれました。
中でも一番サポートされていたのは私でした。

5年前に余命3ヶ月と宣告されたキタムラくん、この時点で彼はがんとの戦いに
勝利していたと思います。それはレースの様にリザルトの残る事も無ければ
他人には賞賛される事もありません、でも、とてつもなく大きな勝利です。

しかし発病から5年目の今年の半ばぐらいから、抗がん剤が効かなくなり入院しました。

頭の良い彼です、5年間でこの病の事は熟知していたでしょう、薬が効かなくなった
自分がどの様な道を辿るのか解っていたと思います。

話す事も困難になりだしましたが彼の口から出た言葉は「この状態を乗り切ったら
また走りに行きましょう」でした。
この言葉は彼自身のモチベーションを上げる為なのか?私達を気遣っての事なの
かは今では解りません。

彼とは病気の事も含めて色々な話をしました。
病気の事で母親を始めとする家族に感謝していると言っていましたし
チームにも迷惑を掛けないように注意していことも感じ取れました、
自分より周りを気遣うそんな彼からは只の一度も弱音や泣き言
らしき言葉は聞いた事がありませんでした。
それは母親や家族に対しても同じだったそうですからなお更、凄い男です。


後に家族の方から聞いたのですが亡くなる2日ほど前に一度だけ、
たったの一度だけですが「もう終わりにしたい」と言ったそうです。

キタムラくんの戦いは孤独で先が見え無い、私などには想像も出来ない
過酷な戦いたったに違いないと思います。

北村 健太 26歳 2013年10月2日永眠、本当の意味で尊敬できる男です。





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